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文章だけが持つ、独自の優位性
今月の上旬からスタートした
ブランドエディター養成講座(以下、B.Editor講座)。

本日、第二回講座が終了しました。

1つの講座に付き3回話しているので、
すでに私自身は6回講義してます(笑)

全12講座を終える頃には、
36回の講義をしていることになります。

アーカイブも
すべての回を視聴できるので、

アグレッシブな受講生はかなりの量を
すでにインプットしてることになります。
(話す内容も受講生に合わせて微妙に変わるため)




第一回講義では
「3つの記事コンテンツの種類」
「事業成長別のアプローチ」
「4事象で定義する記事の役割」

についてお話しました。

第二回講義では
「担当部署ごとのニーズ」
「ニーズに応じた予算の傾向」
「企業分析で導く記事提案の方法」

などをお話しました。

毎回アンケートを取って、
受講生の満足度と改善に向けた
リクエストを募っているのですが、

今のところ概ね反応は良いようです。
(※事務局からのフィードバックによると)


さて。とはいえ、です。


けっこうな情報量をお伝えしているし、
なかなか「文章」の話に入っていかないので

「あれ、何の講座に参加してるんだっけ?」
「ブランドエディターって何だっけ?」

と、アンケートには書かないけど
ドキドキしている人もいる気がしてます(笑)


そこで今日は、

ブランドエディターとは何か、
何を得て実行できるものなのか、
B.Editor講座の狙いは何か、

みたいな話を改めてしたいと思います。


あ、ちなみにですが、
参加者の方々は本当に多様です!

大手企業の経験者で
ビジネスマインドのある方から、
これからセラピストとして独立を
考えている個人の方まで、本当に幅広い。


なので講座も、

・フリーランス向け
・個人起業家向け
・法人企業向け

の3つの文脈で毎回、
それぞれに内容を伝えています。




それではさっそく
ブランドエディターの役割ですが、

概念がわかる人向けに
すごくシンプルに説明すると


ライターの上位概念です。

「これを書いてね」とお願いされた
ものを書くライターから、

「これを書きましょうね」と
提案して書くライターになるイメージです。


これと同じことがかつて
デザインの世界でも起きています。

Webデザインやグラフィックデザイン
などの「狭義のデザイン」だったものは、

いまや
「デザイン思考」
「空間デザイン」
「プロダクトデザイン」
「プロジェクトデザイン」
「コミュニティデザイン」
「サービスデザイン」
「ソーシャルデザイン」
「インクルーシブデザイン」

といった具合に、
その抽象度を上げています。

超ざっくりいうと、
コンサルティングができるように
なっているわけです。


一方でライターの世界はというと、
「ライター」のままです。

一部の企業では
「インハウスエディター」という
名称の職種も生まれていますが、

基本、ライターはライターなのです。
上位概念が存在しなかった。

せいぜい、レイヤーが1つ上の
「編集者」や「ディレクター」がいるぐらい。

狭義の世界から
抜け出せていませんでした。

そこに風穴を開けたのが、
ブランドエディターという存在です。




デザインは必ず起点に
「問題解決」があります。

ブランドエディターも同様に
「問題解決」にアプローチします。

経営を編集するかもしれない、
コミュニティを編集するだろうし、
イベントを編集することもある。

組織を、人を、コミュニケーションを
編集することもあれば、
ブランドを編集することもあるわけです。


抽象度が高まり、
広義なものになればなるほど、

デザインと編集の境界線は曖昧です。
コンサルティングともかなり領域は被ります。


ただ、
ブランドエディターに、
より有利に働くものが2つあると思っています。

それが、

①編集は、メディアを編集する
→(でもデザインもメディアをデザインしますね^^;)

②最終的なアウトプットは「文章」
→(ここは確実にオンリーワンの価値)

ということです。




メディア、もややこしいです。

狭義の意味ではテレビやラジオ、新聞、
雑誌などをイメージすると思います。

しかしメディアも広義に解釈すると、
「ホテル」や「店舗」もメディアです。

会社もメディアだし、
コミュニティもメディアです。

それをブランドエディターは編集します。
時にはビジネスモデルにも介入します。

「それ、コンサルタントやん!!」

って思いますよね(苦笑)


でも、
最終アウトプットが「文章」
という点にアイデンティティがあります。

コンサルタントの戦場で、
アクセンチュアとは戦えませんし、
数字のロジックを固めるのも似合いません。


じゃあ、
最終アウトプットが、

「ロジックで固めた設計図」
「デザイン」
「文章」

であることの、差異は何でしょうか?


デザインはイメージであり、直感的。
そんな感覚が私にはあります。

一方の文章には、論理的・体系的、
という感覚が宿っています。

詩などはアート領域というか、
直感に近いですが、

ブランドエディターは問題に対して
論理的・体系的に向き合います。


Wantedly 代表の仲暁子氏は
著書『ミレニアル起業家の新モノづくり論』
の中で、説明は脳の御馳走、と書いています。

ヒトは学ぶことが好きで、
事象を自分の中で咀嚼し、解釈し、抽象化し、
いつでも使えるように引き出しにしまう。

これが脳にとっての刺激であり、
報酬であると説明しています。

これを「パターン化」と呼び、
ヒトはこの報酬系から逃れることはできない、
とも記しています。


難しいことは抜きにして、

言葉でわかりやすく綴られ、
自分の中に落とし込んだものは
いつでも使えるモノになるということです。

これが、イメージと文章の差だと思っています。

 
ビジネス世界で物語を描く

これは持論なのですが、
ビジョンは言葉ではなくイメージで
共有したほうがいいと考えています。


キング牧師は

私には夢がある。
いつの日か私の幼い子どもたちが、肌の色ではなく
人格そのものによって評価される国に住むという夢である。

と語ったそうですが、
何かの本で読んだ記憶では

「黒人と白人の子どもが一緒に朝食のテーブルを囲んでいる絵」
を、共有したとか、しないとか。


でも、その絵はビジョンを
ありありとリアルに伝える力がある、
と私は思っています。

社員総会を、フェス形式で開催してみた。【#水星移住計画】
も、ビジョンをキービジュアルで示した例として記憶に新しい。

一方で、
ミッションやバリューは言葉がいい。
文章でしっかり落とし込みたい。

つまり、
いつでも引き出せるものでいたい。


ミッションとは、
「組織の目的」です。
「ビジョンと現状の差異を埋めるべきやること」

マザーハウスは、
『途上国から世界に通用するブランドをつくる。』
と宣言しています。

とてもわかりやすい。
途上国から、世界に通用する、そんなブランドをつくる。

先進国でモノづくりしてはダメだし、
世界に通用しないブランドもダメ。

組織としてどんな目的を共有して、
どんなゴールに向かっているのか、
抽象と具象のバランスが最高のミッションです。


これは、
デザインによるイメージでは共有に
ブレが生まれると思っています。

この感覚を、文章には持たせたい。




と、ここで「ブランド」のワードが
出たので、ブランドにも少し触れます。

なんといっても、
「ブランド」エディター、なのだから。


ブランドとは何か?
という議論は至る所で行われています。

でも超ざっくりいうと、
ブランドとは「記号」だと思います。

ただの会社名、ただのロゴに、
意味を付加したものがブランドです。


信用や信頼かもしれないし、
ワクワクやドキドキの感情かもしれない。

いずれにしても、それらを瞬時に想起する
「記号」こそがブランドです。

そこに対して昔は、
貴族のイメージや高級品のイメージが
付加されることで価値を向上させてきた。

それが今は、
社会的存在意義(パーパス)を表す記号に
変化している流れが確実にあります。

だからブランドエディターが編集するのは、
「どんな社会的意義か?」という記号です。


ここまでを整理すると、

・B.Editorはライターの上位概念
・広義のメディアを編集する
・それによってブランドも編集する
・文章だからこその力で価値化する
・デザインにはできないことをする

あたりがブランドエディターの役割に
なるんじゃないかな~と思っています。


つまり、最終アウトプットが文章
というアイデンティティがあるだけで、
手がける領域は本当に幅広いのです。

だからフリーランスとしてどこかの
企業に伴走するなら、領域を特定したほうがいい。
どの部署の、どの担当者に伴走するのか?


自社事業であれば、
B.Editor思考で最初からものごとを
考えて編集していかないといけない。

その最終アウトプットとして
「文章」を散りばめていく必要がある。


文章の良いところは、

人の心に「意味という名の種」を
蒔いていく力があるということ。

イメージのような漠然としたものではなく、
全員で共有できる確かな情報(DNA)を
可視化する力があります。


イメージは直感的に理解を促し、
言語化できない部分を伝える力がある。

文章は全員が共通で持てる意味を、
確実に心の中で育て、醸成させていく。

文化、カルチャーを作るには、
言葉や文章の力が必要だと思っています。


そこにしっかりと、社会の文脈を入れる。
これを「ナラティブ」という(たぶん)。

企業側の一方的な言葉ではなく、
同じ物語構造の中で、生活者は何を話すのか?


ある食品会社は、冷凍食品を買ってという。
そんな言葉に生活者は反応しない。

一方で、ある生活者はこんな言葉を
語っているのだ。

「冷凍食品があると時短で便利♪」

そこに夫はいうのだ。

「それ、手抜きだろ……」

そこで食品会社は言ったのです。

「手抜きじゃなく、手間抜きです。
手間を省き、空いた時間で家族とコミュニケーションを」

企業側の都合と、
生活者側の都合、

それぞれを「ある物語」の中で
編集して、言葉に、文章にする。


「うまいこというね!」
じゃ、ないんです(笑)


これを物語構造(ナラティブ)といって、
B.Editorはこういう発想を持って文章を
企画して書いていく必要がある。

B.Editorの発想で事業をするとは
こういうことにつながってくる。

「それをどうやって実現するの?」
を、

B.Editor講座の中では伝えている、
伝えていく所存でいるというわけです。


これもイメージだけじゃ対応できない、
文章の貢献領域だと思う。

絵本だけで貫いてもいいけれど、
そこに文章があるともっといいね、

という感覚。



言葉には、文章には、

イメージを超えていく力と、
物語で人々を紡ぐ力があります。


だけど、資本主義経済の中では、
ビジネスモデルの編集にも限界が
あるかもしれない。

そういうところに、
じゃあB.Editorはどう切り込んでいく?

というのは、また次回、いつかのお話。


本日も長文にお付き合いいただき
どうもありがとうございました!


ソレナは、
非常識なソーシャルデザインの
ビジネスモデルにも絶賛挑戦中です。

まだまだシェアできる段階じゃないけど、

B.Editor講座ではそのあたりの、進行中の
物語の裏話もできたらと思ってます。



それでは、また!


 
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